意識とは何か。正直いって今まで考えてきた中で最大の問題である。人工知能の分野では「とりあえずチューリングテストパスしたら意識があるといっていいんじゃね」って楽観的なことをいっていた時期があるが、高度な人工無能が人工知能でないことは明白である。チューリングテストをパスしたからといって意識があるといっていい、なんてのはあまりに乱暴な話で、俺としてはそれに組する気はない。
となるとどうしても意識のハードプロブレムを解かなくてはいけない。しかし俺としては「クオリアとは主観的な錯覚」と思っているので、それを進めていくと「意識とは錯覚である」という結論に達したことがある。っていうかこれだと複雑学系的には割り切れてるのよ。複雑学系・基本理論3「現実にあるものはすべて非論理的」、つまり「意識というのものは現実にある、しかしそれは錯覚である」。こんな非論理的なことはないよね。正直言ってこれをどう解釈すべきなのか、結構考え込んでいる。
まあ、ここらへんからいろいろ推論を進めようというのはちょっといないから、どんな結論がでるか、しばし待て。
