ページの先頭です。本文を読み飛ばして、このサイトのメニューなどを読む

ログイン

サイト内検索

翻訳

お問い合わせ

  • ArtSoftwareWorks(アートソフトウェアワークス) 担当 竹田津(たけたつ)
  • 携帯電話 090-2404-7400
  • Skype taked2
  • メール taked2@artsoftwareworks.net

サイト内の現在位置です:

 

複雑学系にも金融論はある。しかしいままでその存在を公にしてこなかった。なぜかといえば、今の金融を潰さないとまあいってみれば正気に戻らないだろうし、そうなるとあまりいい気分ではないからね。

金融の根本は「利子」つまり「お金がお金を生む」事で成り立っている。しかし、資源は有限だ。お金を増やすということは、とりもなおさずお金の価値が減るということだ。つまりお金がお金を生めば、お金の価値は下がる。なんでこんな簡単なことさえ無視して金融「工学」なんて偉そうなこというのかね?

まあ続きはまた明日。

欲というものは生存のために不可欠なものと思われている。しかし、生存のために必要なのは本能であって、欲ではない。欲というのは生存よりも進歩のために必要なものなのだろう。進歩が必要なければ欲は必要ない。進歩を否定することも必要なのではないだろうか。

人間の場合、眠るということは、忘れたり、記憶を再学習や再配置するために必要なのだろう。眠るという行為がどんな意味があるのか、もうちょっと考えときたい。

思いつき、ってのはおしなべて単なる組み合わせの短絡だと思う。別に普通は関係のないと思われるものを組み合わせてその中に意味を見出す。意味を見出したら思いつきになるだけの話である。

人間は論理的思考が好きだ。昨日挙げたフェルミ推定なんていうのも所詮論理的思考の一手法なのであって、いまさら取り立てていうまでもないと思う。というか一般に科学というものは「論理的思考をすること」を前提に考えられている。しかし時には非論理的思考が必要な場合もこれからは多くなってくるのではないか。

よくある誤解としては、「真偽値を入れ替えた思考が非論理的思考である」というもの。ちょっと考えれば分かるが、真偽値を入れ替えた所で論理的思考は論理的思考なのであって、非論理的思考ではない。非論理的思考というのは、「思考という全体集合内で、論理的思考の集合の補集合」なのであるから、かなりいろんな思考が含まれる。これにはある種の慣れというかトレーニングが必要なので、そのうち一例をまとめようかなとも思う。

ってそんなに珍しいか?って俺は普段からよく使ってるけど。なんでわざわざ「フェルミ推定」なんて名前付けたのか分からん。まあ、言いだしっぺの法則なのかね。

AIのサンプル書いて、言語に戻って足りない機能実装して、またサンプル書いて試して…。まあ、無限にも続くループなのだが、なかなか楽しい。ってか、まだ意識の実装のイメージができないのだが。まあサンプル書いてるうちになんか思いつくかもしれん。結局プログラムは動いてナンボだしね。

コンパイラ関係の本を探しに本屋にいったのだけど、全然置いていない。昔はもっと情報処理の本とか置いてあったのになあ。最近ではパソコン関連とかリファレンスとか、とにかく売れ筋の本しか置いていない。まあ、当然というべきなのだろうがなんか寂しい気がする。仕方ないんでアマゾンで注文。ポチっとな。

仕事とプログラミングの間を縫って恋愛小説書いてるんだけど、難しいわ。例によって「架空小説」なんだけど、戦記と違ってかなりナイーブな問題もあるしなあ。いや、俺の側のプライバシー的なものはどーでもいいんだけど、相手のプライバシーを考えないといけない。っていうか名前は全部「仮名」であるのだが。

恋愛っていうのは論理で割り切れるものではないから、そこが面白いんだけど。それを俺の文章力で伝えられるかどうか不安。

意識の問題を考えていると、どうしても自我の問題にぶつかる。昔は自我以外の存在を疑っていたのだが、最近では自我の存在さえ疑っている。「我思う、ゆえに我あり」といったのはデカルトだが、確かに「我思う」まではある。しかしだからといって「我あり」に短絡するのはどうかと思う。全ては主観の錯覚ではないのかと思う、今日このごろなのである。


XPressME Ver.1.09 (included WordPress 2.7.1) (0.555sec. )

ページの終端です。ページの先頭に戻る