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俺の場合、ナルコレプシーなので意識が急に途切れることがある。どんなときに、っていうと、とんでもなくつまらないことをしているとき。その作業に何の意味も感じられないとき。そういったタイミングで意識がなくなる。

まだ「意識って何か」には答えはでていないのだが、ちょっとしたヒントにはなるかもしれない。

人間は一度に処理してる記憶なんて、たかが知れてるのじゃないだろうか。

元々、短期記憶と長期記憶の差もあるし、忘れるってことも頻繁に繰り返す。AIではなんで忘れるってことをもっと真剣に実装しないんだろうね。そりゃ関連する情報を際限なく引き出してたらフレーム問題にぶつかるに決まってる。人間は単位時間に処理するために、情報に重み付けを行って、ある閾値以下の評価のものは忘れてるような気がするのだが。なんかAIの論文読んでいると、こいつは理論だけで実装なんてしたことないんだろうなあ、ってのが分かってなかなか楽しい。

クオリアという問題があるといわれている。しかし個人的にはそんなものは存在しないと思っている。

例えば赤いものを見て「赤い感じがある」というのがクオリアだといわれている。しかし本当だろうか。もし、赤い感じというものが普遍的あるのなら色盲という問題は生まれない。色盲があるということは普遍的な「赤い感じ」が存在しないということだ。人間はパターン認識したものを記号着地させて、「言葉」として処理する。その際に主観的な錯覚としてクオリアなどという考えが生まれたのではないか。

この世にあるものはすべて不可知である。たまたま網膜にそのパターンが映っていると脳が認識しているからといって、その物体が本当にそこにあるかどうかなんて分かるわけがない。世の中には幻視という現象があるのも知らないのかね。クオリアを考えた根源にはイデアというものが存在しているという誤解がある。結局、イデアの存在は証明できない。よってクオリアも単なる錯覚である。

最近ではYouTubeで塩田剛三の動画を観られる。なんともいい時代になったものだ。しかし、いつ観てもすごいと思う。まずそのスピード。そして身のこなし。一切の無理や無駄がない。「こうやるんだよ」っていってやってみせているのだが、弟子達はどうやったらそうなるのかまるで理解できていない。それも高弟がだ。それに技のひとつひとつが「重そう」だ。武道を究めるとあんな域にまでいっちゃうんだろうな。やっぱすげえぜ、達人。

いろいろAI関係の論文とか読みまくっているのだが、どうも俺の予想と学者の考えてる未来像は違うみたいだ。まあ誤差をふくめて言い切ってしまえば俺は思考なんてモンは「いいかげん」なものだと思っている。極端な話、思考が完全に論理的であるのなら、ミスの起こる余地がない。ミスが起こることを学者は真理に達していないからだと考えているようだが、俺の考えでは真理なんてものはもともと存在しないものだと思っている。だから真に論理的な思考なんてものは存在しない。学者は論理的であるという真理を数学で証明可能だと考えているようだが、数学なんてものはイカサマもいいところである。人間は論理的であるかどうかを感情が決定するというシステムで成り立っているのだから、システム的にどうにもならない。俺が目指しているのはいいかげんなAI。だからどうだっていわれれば、いや、そういうものなんだよって言うしかないのだが。

今週から働き出したのでサイトの更新がおろそかになっているなあ。いや決してトラビアンやってて忘れてるわけではないのだけど。まあ、土日にまとめてやるしかないかな。

最近、Wikiをサボっている。いやネタがないわけじゃないんだけどさ、言語作りとかに熱中しちゃうとつい忘れちゃうんだよね。Wikiファンの皆様(っていないか)、しばしお待ちを。

今日は、いろいろバラエティにとんだ方々が見に来てくれたようだ。もともと大学、高専関係は多いんだよね。あと、メーカーとかも結構。意外なところだろと役所がみてる。以前から定点観測してるみたいだから、なんか興味があるのかね(特○庁だし)。

まー、それだけいろんなとこでXOOPSが使われている、ってことなんだろう。うんうん。

プログラミング、もうちょっと広く言えばソフトウェアというのは科学か工学か考えることがある。まあ平たく言えば、学者になりたいのか職人になりたいのか、ってことだ。正直言えば俺はどちらにもなりたくない。っていうか学者も職人も専門家(スペシャリスト)だからだ。俺としては総合家(ジェネラリスト)を目指している。世間でよく言われている誤解のひとつに、「ジェネラリストとは広く浅く様々な分野に精通した人」ということがある。しかしこんな人は真にジェネラリストとはいえない。「広く浅く」知っているレベルではお話にならないのだ。理想は「広く深く」なのだが、今日のように各分野の専門性が非常に高くなっている現状ではそれを求めるには個人の時間はあまりに短い。そのため、「広く浅く、特定分野では深く」が現実にできる限界だ。そのため特定分野でのスペシャリストとしての技量、経験がないとジェネラリストにチャレンジする最低限の資格もないと思う。まあ俺の場合はいままでソフトウェア、ライター、企画の職人としての腕を磨いてきたので、そろそろジェネラリストにクラスチェンジしようかなと思っている次第である。

昨日はなんかアクセスが増えたなと思ってログ見てみたら、xugjにリンクされていた。構築一代記がFIXしたから載っけてくれたのかな? ども感謝。でもちょっと解説が褒めすぎで恥ずかしい気もする。


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