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やさしい陽明学入門 ~二十一世紀を生きる僕たちから~

2006.09.27

竹田津 恩

 

 司馬先生が鬼籍に入られてから、もう十年が経ちました。今、二十一世紀を生きる僕たちは元気です。

 二十一世紀は「9.11」という未曾有の出来事で幕を開けました。これを発端とした宗教戦争勃発は第三次世界大戦への引き金を引くとも思われていました。

 でも、大丈夫です。人類はそこまで愚かではありません。政治家や宗教者たちも今までのことを反省したり、やはり先人たちが長く語り継いできた歴史から学ぼうという機運も高まっています。

 そうそう、そういえば私は、ついに心即理を達成しました。本当にそんな事ができるのか自分自身でも半信半疑でしたし、多分誰も成しえてなかった (いるとすれば孔子?)心即理でしたが、確かにそれは存在します。まあ、私の人生も無駄ではなかったのでしょうね。もし、そんな人が増えてきたら、人類も 先生が望まれたような、新たな段階に進むことができるようになると思います。

 ここからは若い人たちに向けて話します。

 人類は長い間をかけて、文明を発達させてきました。文明というのは人類全体に対して有効な叡智の集まりのこと、つまり普遍的な知恵とでもいいましょうか。それを今まで多くの先人たちが築き上げてきました。

 その中でも今、世界の中心に位置している文明は西洋文明です。この西洋文明というのは基本的には古代ローマをベースにしています。古代ローマの特 長は「法によって秩序を維持する」という考え方で、これは一般には法家思想といいます。法家思想というのは、荀子の唱えた性悪説に端を発する考え方です。

荀子はこう考えました。「孔子だって聖人になるまでは、自分の欲望を捨て去ることは出来なかった。それなら普通の人だったら聖人なんて夢のまた夢、 人間は自分の欲望に忠実に生きるしかないじゃないか」、そうして人に害を与える人は法によって取り締まるしかない。これはこれである程度はうまくいきま した。まだ人間が自然に対して小規模な影響しか及ぼさなかった段階においては。

 しかし、十八世紀から十九世紀にかけての産業革命、そして二十世紀における情報革命において、人類が自然に対して非常な大きな影響、その多くは悪 影響を与えるようになってきました。特に最近では中国やインドの経済伸張ぶりが顕著で、もし二十億人、全人類の三分の一以上の数の人間が、「自分の欲望に 忠実に生きる」とすればすぐに資源を食いつくし、自然は滅茶苦茶になってしまうでしょう。

 ですから、世界は今、法家思想を超える考え方が出てくるのを待っています。そして、それこそが「陽明学だ」と私は確信しています。

 陽明学は、孟子の性善説に端を発する考え方で、「満街これ聖人」(街には聖人が充ち満ちている)といってます。もし本当に町に聖人が溢れているのなら、こんなに都合のいいことはありませんよね。

 ここまで読んで、もし陽明学に興味を持った人がいたなら次の事を実行してみてください。

「自分の良心に従って行動する」、これだけです。

 人間は誰しも良心を持っています。ここで言っている良心というのは「お年寄りを大事にする」「自分より弱い者をいじめない」といった、至極当たり 前でまともなことです。しかし欲望やいろいろな都合でそれを発揮できないことも多いのです。そういう時は、もっと自分の価値観や倫理観に自信を持って、自 分の良心を発揮してみてください。お願いします。

 なお陽明学では自分の中の極端な感情を人欲といいます。陽明学では心即理の状態が理想だといいますが、そのためには、自分の中の人欲をすべて捨て 去るしかありません。人欲の中には「睡眠欲」「性欲」「食欲」「殺人欲」も含まれるため、本当の意味で人欲を捨て去るのは、かなり困難です。私も人欲を捨 てるのに四十年(最後にひとつだけ残った人欲を捨てるのに二十年)かかりました。ですから私は人欲の全肯定はしません(それだと性悪説になってしまいま す)が、自然に人欲を捨て去るのを待つしかないとも思っています。つまり、あまり無理をしないで自然に任せるのが一番、という考え方です。

「人欲を捨て去って本当に大丈夫なの? たとえば性欲がなくなっちゃえば人類は滅亡するんじゃないの?」

と心配される方もいらっしゃるでしょう。でもそれも大丈夫です。

人間は動物ですから本能というものがあります。ですから私の場合でも、好きなタイプの女性をみると「お茶に誘いたいな」と思います。それに疲れれば 眠くなりますし、お腹が減るとご飯が食べたくなります。つまり、本能と欲望を同一視したからこそ、今まで混乱していたのではないでしょうか。ですから、こ れからは人欲をどんどん無くしていってかまわないですよ。その方が、自然にも優しいですし。

最後にまた司馬先生へ。

 今、私は、しっかりと大地に足をつけて、燦々と降り注ぐ陽光を浴びています。今まで人類が行ってきた間違いを正すにはもう少々時間がかかると思いますが、しっかりと着実に前進しています。

 先生、本当にありがとうございました。

以上

(*注意* この文章はパブリックドメインです)

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作成:2008-7-30 17:31:55   更新:2011-2-14 11:04:30
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