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「わし、直子のこと好きなんじゃ」

「わし、直子のこと好きなんじゃ」、親友の多野からそう聞いたとき、竹田津は驚いた。
 竹田津恩~たけたつ めぐむ~は、この春、伊予大学付属中学校に入学したばかりの中学一年生である。ランドセルから肩掛けの通学カバンに変り、詰襟の学生服を着るようになって三ヶ月。季節は梅雨。夏の到来が待ち遠しい中、竹田津はまだ半分小学生の気分でいた。
「たまらんほど好きなんじゃ」、多野はそう繰り返した。多野とは同じ伊予大学付属小学校から繰り上り組で家も近所だったから、まあ親友と呼べる仲である。近所の釣堀も一緒に行ったし、草野球も何度もした。そんな多野が、今、自分の思いを竹田津に明かしている。
 正直言って竹田津はショックだった。確かに中学校は今まで通っていた小学校と違って、やや大人に近い場所である。通学時に半ズボンを履かなくなって、どれほどうれしい思いをしたか。それに中学校は新鮮な刺激が一杯である。入学と同時に入った水泳部は楽しい。顧問のにっさんは厳しいけれど、面白くて頼りがいがある。先輩も中学三年生にもなると体つきはもう大人といっていいほどで「ほー」と思う。それに授業も小学校に較べて格段に面白くなった。正直言って小学校のときは、全教科ほとんどオール5を6年間続けてきたのでやってることがつまらなかったのだが、中学校に入って教科が俄然面白くなった。特に数学の時間になるのが楽しみで、はっきりいって毎時間バトルである。「この証明はここに欠陥がある」「この条件の場合、うまくいかんじゃろ」とか、数学のよくできる大倉、三善を相手に、授業のほとんどの時間を使って議論をしている。授業ハイジャックもいい所なのだが、数学教師の神田も乗ってきて「いや、この場合はどうなるんか」とかツッコミを入れる。ほとんど3~4人以外の生徒は付いてくる事なんかできていない。そんな刺激的な環境に慣れてきたのがここ三ヶ月の日常だった。
 でも多野は、自分は恋と呼べるものをしている、と言っている。竹田津は不思議に思った。

「お前、軟派じゃったんか」、竹田津は多野に聞いてみた。もちろん竹田津にだって小学生の時に好きになった子はいる。でもそれは「あー、かわいいなあ」という程度のものであって「好き」とかそんな生々しいものじゃない。それに竹田津は当時ある漫画にハマっていた。「男一匹ガキ大将」、本宮ひろ志の硬派漫画である。「男は女なんか好きになるもんじゃない、女は男の野望のためには邪魔だ」と本気で思っていたし、それで小学生の竹田津には十分だった。
「あほ、俺は軟派なんかじゃないわい。でも、もしそうじゃったとしても、それはそれでええ」、多野は答えた。
 多野を昔から知っている竹田津はますます分らなくなった。多野というのはどちらかというと強情な方である。一度言い出したら自分の意見をなかなか変えようとしない。だから竹田津ともウマが合う。なのに、この件に関しては妙に大人しい。なんか、こっちが子供に見られている気分である。
 多野は背の高い方で、部活はバレー部である。そして、多野が好きになった直子っていうのは、竹田津たちと同じクラスの田中直子、女子バスケット部に入っている。小学校は竹田津たちとは別の小学校出身で、中学校で一緒になった。そして体育館の部活で見ていて多野は直子を好きになったらしい。
 
「直子ってどんな女じゃったかのう」、竹田津は思い出そうとした。というのも、ハッキリいって同じクラスの女の事なんか、今までじっくり見ようと思ったことさえなかったからだ。八百屋に大根が置いてあっても、急いでいるときはそんなもの目に入らないのと同じである。「竹田津」「田中」と姓が近いから、席も自然と近い。確か自分の斜め後ろに座っているはずである。それほど近くにいながら、竹田津は田中直子のことを真剣に見たことがなかった。

「どれ」、授業が終わったときに、竹田津は田中直子の顔をマジマジと見てみた。

 田中直子は女子バスケット部に入っているだけあって背もそこそこ高い、スラリとした体型である。髪はショートカット、瞳はとび色。ボーイッシュな感じである。ただし肌が透けるように白い。しかし、その時の竹田津の中では「別に取り立ててかわいいってほどでもないか」というのが正直な感想だった。
 
 その時、竹田津はちょっとした悪戯を思いついた。「なあ、田中さん」。
 
「はい?」、田中直子はちょっとビックリしたように返事をした。というのも竹田津がクラスの女の子と話すことなんて、まずないことだったからだ。
「多野がお前の事、好きじゃいうちょるぜ。どう思う?」

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作成:2009-7-8 15:18:01   更新:2009-7-9 15:19:48
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