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除夜の鐘

「多野がお前の事、好きじゃいうちょるぜ。どう思う?」

竹田津がそういったとたん、田中直子はいきなりうつむいてしまった。顔が真っ赤である。特に、肌が白いので耳たぶまで真っ赤になってしまった。

「こら~、竹田津!」、その時近くにいた女子の鴨川から声がかかった。鴨川はこのクラスの女子のリーダーともいえる存在で、竹田津と同じ小学校出身。だからお互いどんな性格か知っており、鴨川は女には珍しくさっぱりした性格、はっきりいって中身は男だ。それに田中直子と同じ、女子バスケット部に所属している。これから部活ということで田中直子を誘おうと思ってきたら、この場面に出くわした、というわけだ。

「あんた、ちょっとこっち来なさいよ」、鴨川は竹田津を、教室からあまり人が来ない場所に連れ出した。

「あんたはデリカシーってものがないの?」、鴨川の話によると、多野が田中直子を好きだっていう話は、もう女子の間では相当広まっていて、公然の秘密とさえいえる話だったらしい。その手の話は、男より女の方が耳ざといし、噂が広まるのも早い。それに話を詳しく聞くと、多野にはライバルがいるというのである。B組の男子バスケット部の高部というヤツも田中直子を好きらしい。高部というのは廊下でちょっとすれ違ったことがあるが、なかなかハンサムで背も高い、今でいうイケメン系のやつだ。

「とにかく、今後あんたはこの件にノータッチでいなさい。いいわね」、鴨川はそう宣言すると教室に戻っていった。竹田津も部活がある。水泳部の部室に急いだ。プールでの50mダッシュや25mダッシュというのは、三ヶ月前まで小学生だった竹田津にとってみれば、かなり過酷なメニューである。必死に身体を動かしているうち、さっきの悪戯のことなんかさっぱり忘れてしまった。

 そして梅雨が明け、夏休みも終わり、クラスにこんな噂が流れ始めた。「田中直子が高部と付き合いだしたらしい」。

 竹田津は別段、その噂に何の関心もなかった。そりゃ多野はお気の毒さまである。しかし、どっちを選ぶかなんていうのは田中直子の決めること、所詮他人の色恋話である。当時者でも何でもないのに口を挟むこともあるまい。しかし、多野は妙にさっぱりした感じで、いつもと変わりなく竹田津達と一緒に馬鹿なことに明け暮れている。竹田津は「ふ~ん、失恋したからって、皆がみな落ち込むモンでもないんだな」と、何か新しい発見をしたような気がした。

 この時点では「田中直子」という存在は、竹田津にとってみれば「親友の多野をふった女」という認識でしかなかった。そんな記号的な存在である。しかし、田中直子とは家が同じ方角なので、部活を終わって帰宅するときに、たまに自転車で後ろから追い抜いたりするようになった。まあ、当時の竹田津は「硬派」だったので、女と必要以上に話すこともなかったのだけど。

 季節が過ぎ、冬休みがやってきて、大晦日になった。竹田津の家でも他の家と同じように、紅白歌合戦を見て、そのまま初詣に行くのが恒例の行事。初詣に行くのは、近所にある四国八十八ヶ所の札所のひとつ、石手寺。家から約2kmの距離にある。竹田津は寒いのが苦手なので、ぐずぐずしている家族を尻目に、一人で石手寺に向かって歩き出した。

 遠くに聞こえていた除夜の鐘がだんだん大きくなってくる。石手寺は真夜中だというのに初詣客でごった返している。特に寺に向かう参道は細く、大人3人ぐらいが横に並べば一杯で、両方からお面やリンゴ飴を売る夜店がせり出している。竹田津は人ごみを縫うように参道を進んでいった。

 そのとき、向こうから何か輝くような物体、いや人が近づいてきた。
 
 田中直子だ。

 田中直子も石手寺の近所に住んでいたので初詣に来たらしい。家が竹田津の家よりも近いようで、もう参拝を済ませて帰ってくる所だった。

 そのときの田中直子の姿を竹田津は今でも鮮明に覚えている。

 薄暗い参道の夜店の裸電球に後ろから照らされて、栗色の髪の毛がまばゆく映える。睫が長く、少し伏し目がち。肌はあくまで白く、唇は赤い。

 竹田津は、いきなり心臓をつかまれた気がした。「田中直子って、こんなにかわいかったんか」。

 田中直子も竹田津に気がついたようで、ちょこんと会釈してすれ違う。竹田津はその場に呆然と立ち竦んでしまった。

「いかんがあ、俺も多野の仲間入りじゃが」、竹田津は思った。

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作成:2009-7-9 10:03:54   更新:2009-7-31 15:44:12
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