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祭りの後

 竹田津は高校3年になり、運動会の季節がやってきた。「東校の運動会」といえば外にも聞こえたもので、生徒、特に3年生の力の入れ具合はハンパじゃない。毎年「運動会のために浪人を覚悟する」なんて話が当然としてあるぐらいだ。東校は進学校のくせに運動会は特別で、運動会前一週間は普通の授業は全く行われなくなる。学校で行うのは運動会の準備のみ。竹を使って大きな張りぼての人形を作ったり、巨大なパネル絵を描いたりする。あとグループごとに行なわれる運動場全体を使った演劇の大道具や小道具を作ったりする。全校生徒1800人が1週間がかりで用意するのである。その規模が想像してもらえるだろうか。
  竹田津もちゃんとバイトはバイトとしてこなしつつ(だって金貰ってやってるんだからそちらを優先するのは当然である)、バイトが終わってから運動会の準備に精をだした。学校の近所の公民館を借りて小道具などの準備をやっている。竹田津は手先が器用な方なので次々に剣などを作っていく。疲れたらそのままそこでバタンキュー。運動会の時期は家に帰らなくても文句は言われない。そして新聞配達の時間がきたら眠りこけてる友人達を尻目にまたバイトに出かけていく。学生時代に友人たちと一緒に何かできる最後の機会である。決して楽しいことばかりではなかった高校生活だったが、この時ばかりは東校に入ったことを感謝した。

 運動会当日、見せ場のグランド劇場の時間である。竹田津達は山車の下で待機していた。クライマックスになって山車を一気に移動させる。山車の上には女王役として直子が立っている。うちのグループで女王役を決めるとき、自然と全員一致で直子になった。当たり前のことである。山車を移動させるのに体力を使い切ってノビてる竹田津に、上に立っている直子が微笑みかけてくれている気がした。

 運動会が終わった後、市内の料亭で打ち上げになった。高校生の分際でとんでもないことなのだが、この日ばかりは大人も目をつぶってくれる。公然の秘密なのだが酒もでる。何人かは潰れる。竹田津は自分は酒を飲まず、潰れた友人達を介抱したり、友人が汚してしまった便器の掃除などをしていた。会場が2階と3階の大広間を使っていたので、何度も階段を上り下りする。

  打ち上げが始まって2時間、竹田津が何度目かの階段を登ろうとしたとき、階段の上の方に誰かが立っていた。直子である。酒が入っているのか、顔がちょっと赤い。その直子が竹田津の事をじっと見つめている。
 ここ数年、竹田津と直子の間には、あるひとつの儀式があった。廊下でお互いの姿を見つけると、必ずどちらかが視線を外す。しゃべることも挨拶することもない。そしてすれ違う。そんな儀式が何百回と繰り返されてきた。しかし、今、階段の上に立っている直子は、そのルールを破ろうとしている。
 竹田津もその視線を受け止めた。時間が止まる。周囲の空気が固まったようになる。

「告白しちまうか」

 竹田津も馬鹿ではない。今、この状況が何を意味しているのか分からないほど鈍くもない。

  しかし、告白はできない。
  それは竹田津の芯を作っている一番重要な部分、つまり「己を己自身で律する」という生き方の根本に係わる部分なのだ。
 永遠とも思える1分間が過ぎ、竹田津はいつものように視線を外した。そしてすれ違う。
 いつもの儀式に戻る。竹田津は心の中で叫んでいた、「あと一年だけ待ってくれ」と。

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作成:2009-7-13 9:07:46   更新:2009-8-17 20:41:59
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