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屈辱

 正月、元旦になった。
 
 当然、家族で年の始まりの挨拶をする。しかし、その年は少々、様子が違っていた。コタツに4人の人間が座っている。竹田津、母親、姉、そして...
 
「この人が権藤さんよ」

 母親が、さも当然のように竹田津に言った。権藤という男、松山の土地持ちで、手広くやっているそうである。年の頃なら60才、といった所。脂ぎった顔は、いかにも妾を囲いそうな男である。しかも、恥知らずなことに、妾宅とはいえ、そこに初対面の社会人の長男がいる家に、正月元旦から、のうのうとやって来ている。まあ、いままで権藤に逆らう人間なんていなかったのだろう。やりたい放題やってきた。そんな感じが顔に出ている。母親は、権藤を上座に座らせた。竹田津は、もう、どうでもいい気分になっていた。竹田津家は親父がいない今となっては、社会人になった竹田津が当主であるハズである。当然、上座には竹田津が座るべきである。もし、昔の武家ならそういうことだ。しかし、母親は明らかに権藤に媚びながら、こう言った。
 
「あんた、なにしとるん、はよ、言いなさい、『母親がいつもお世話になってます』って」

 なんのことだ? 確かにあんたはこの男の世話になっているかもしれん。しかし、俺はこんな男と何の関係もないし、世話にもなっていない。まだ社会人一年目とはいえ、自分で自分の道を切り開いてきて、ここまできた。なんで、この親父に頭を下げる必要がある?
 
「おいさん、ひとつ聞いてええか」

 権藤は少々、びっくりしたような顔をした。そんな言い方をする人間なんて、ここ数年いなかったのだろう。
 
「なんや、坊主」

 竹田津はカチン、と来た。今に思えば、まだ若かった。言葉が鋭くなった。
 
「俺は別に坊主じゃないけど、それは、まあええ。で、正月元旦に、妾の家に来て、どんな気分や?」
「恩!」

 母親が遮った。その時、竹田津は「もう、あんたに『恩』なんて呼んで欲しくないけどな」と思った。母親の名前は恵子である。
 
「恵子さん、あんたの旦那とやらは、この人なんやろ?」

 思わず口に出そうになったが、それを口の中で噛み殺した。俺にはしなければいけないことがある。それは、親父が残してくれた1000万の保険金のうち、長男の俺が、当然、貰うべきである、1/4、つまり250万を、この恵子から奪い取ることである。
 
「まあ、ええわ。俺は別にあんたに世話にはなってないけど、この場は母親の顔を立てて挨拶しとくわ。『いつも母親がお世話になってます』、これでええか?」

 竹田津は「絶対にこの屈辱を忘れない」と思った。イヤ、「母親を殺したい」とまで思った。しかし、殺してしまっては、金は手に入らない。それまでは、せいぜい、アンタのええ息子でいてやるわ、竹田津はそう思った。別に金額の多寡が問題なのではない。それは、親父と自分のプライドの値段、であるからだ。

 運命とは皮肉なものである。仕事はまったくの順調、前途洋々である。しかし、家族関係は無茶苦茶、ほとんど壊滅状態といっていい。自分は家族を守るために、自分のできることを、真っ当に懸命にやってきた。 それなのに運命は竹田津にこれほどまでの、過酷で多重な罠を仕掛けてきた。なぜ? その時の竹田津には、まるで分からなかった。


 竹田津は、7日後、列車で松山を経った。もう、二度と帰ることもないかもしれない、松山を。


番外編 「世界はそれを『鬼』と呼ぶんだぜ」 終了

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作成:2011-3-10 4:23:06   更新:2011-3-16 4:23:08
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