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切ない片思い

 新学期がはじまって竹田津は明らかに変った。教室に入ると目が自然に直子を追ってしまうのである。でもこっちを向きそうになると、あわてて目をそらす。自分の中で、直子がどんどん大きな存在になっていく。

 2年生のクラス入替のとき、ラッキーなことにまた直子と同じクラスになった。3年生では入替はないので、これで3年間一緒のクラスが保証されたわけである。竹田津はこのことを密かに喜んだ。

 夏休み前のキャンプの予行練習で、フォークダンスの練習をすることになった。直子と手を握れるなんて信じられない話である。どんどん順番が近づいてきて直子の番になったとき、竹田津は音楽をかけていたテープレコーダーを蹴っ飛ばしてしまった。手を触れていた時間は、時間にしてほんの2~3秒。それでも竹田津は充分に幸せだった。

 また竹田津のクラスは妙な遊びが流行っていた。中学生だというのに陣取りをするのである。もちろん小学生の陣取りとは違って学校の敷地全体を使って、鬼と子が追っかけっこをする。かなりの体力を使う遊びである。直子は足が速く、鬼番になると次々に子をタッチしていく。ポイントゲッターだ。あるとき、直子は竹田津をターゲットに選んだ。竹田津は逃げた、必死で。捕まらなければ捕まらないだけ、直子と二人きりで一緒にいられる時間が増える。もちろん、後ろなんか振り向いている余裕はない。竹田津は一計を案じて、学校の隅にある銀杏の大木の向こう側に逃げ込んだ。銀杏の樹をはさんで1分、2分、時間が流れる。竹田津が全速力で逃げたので、直子も息が上がっていたのだ。ほんのり頬が紅潮している。二人はしばらく見詰め合った。そして竹田津は逃げた、また全力で...。

 しかし、竹田津が直子を好きになればなるほど、受け止めなければならない事実も大きくなった。

 ひとつめは「直子の処女」である。竹田津も中学2年ともなれば、男と女がどんなことをするのか、知識としては知っている。しかし、直子には彼氏がいるのだ。中学1年で付き合いだしたという早熟な二人のこと、もうこの時点で直子が非処女であっても何もおかしくない。だからこの件はあきらめた。「俺は別にトンネル通すのが目的じゃねえ」と。

 もうひとつは、もっと重大な問題だった。それは「直子に好きだと告白できない」ということだ。といっても、竹田津は告白する気になれば、彼氏持ちだろうが、親友が好きな女だろうが、それを行うだけの度胸は持っている。告白できないというのは、その勇気がないから、というのではなく、もっと竹田津の生き方そのものに関係する重要な問題なのだ。つまり「親に食わしてもらっている分際で、色恋沙汰なんてとんでもない」ということ。もし、今の俺がその頃の竹田津に忠告できるなら、「そんなに堅苦しく考えることないぜ。だって若いときは一度しかないんだから。それに告白しても受け入れてくれるかどうかは相手が判断すること。まず意思表示もしないんじゃ、土俵にも上がってない。やっぱりそれは勇気がない、ってことの理屈でしかないよ」と忠告するだろう。
 しかし、その頃の竹田津は、そんなことを考える余裕さえない状態だった。それほど少年特有の生真面目さを持っていた。

 竹田津はこの上ない幸せな時を過ごしていた。でもそれは先の見えない絶望を孕んでいた。

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作成:2009-7-10 13:22:34   更新:2009-8-15 11:28:29
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