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複雑学系的人間学 anchor.png

複雑学系的人間学』(ふくざつがくけいてきにんげんがく)とは、複雑学系における人間という存在への考察である。

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人間の持つ属性 anchor.png

  • 動物である。ゆえに寿命があり、本能を持っている。
  • 性別がある(男、女)。繁殖は両性生殖による。
  • 通常は欲望を持っている。
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本能と欲望の混同 anchor.png

  • 本義的な意味において本能と欲望は違う。本能とは「個体および種族保存のために動物が持つ能力」である。欲望とは「個体および種族充足のための望み」である。哲学や宗教が両者を混同したために、現在の混乱が生じている。
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魂の不存在 anchor.png

  • 意識というものは脳のニューロンのネットワークの存在を前提として発生するものである。魂は物質的な存在ではないと規定されているので、意識の持ちようがない*1。もし魂が存在すると仮定しても、意識がなければ何の意味もない。ゆえに魂が存在しないといっても何の問題もない。
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傍証1 輪廻は存在しない anchor.png

  • ヒンズー教や仏教では輪廻が存在すると主張している。しかし考えてみたらいい。最初に「人間」*2として発生した生物は、多くても100個体ぐらいがいい所だろう。もし輪廻などというものが存在するのであれば、個体数が増えるはずがない。*3現在の60億の人間の持つとされる魂はどこから発生したのか。60億-100=0ではない。もし輪廻せずに新たに発生する個体があるのなら、輪廻が存在するという前提そのものが崩れてしまう。ゆえに輪廻は存在しない。
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人間の本性とは anchor.png

  • 人間の本性はなにかということは長く議論されてきた問題である。主なものに性善説、性悪説、性強説、性弱説などがある。
  • なぜ人間の本性が重要なのか。それは、制度や宗教の存在の前提となるからである。つまり性善説であれば道徳、性悪説であれば道徳やキリスト教、性強説であれば近代西洋主義、性弱説であればイスラム教の存在する前提となりうる。
  • 人間は一般に何かを信じるということなしには存在が難しい。多くは道徳、愛、理性など後天的な外的概念を信じる。外的概念を信じないとしても自己という概念を信じている。
  • 人間は何を信じるかによってそれぞれの性に染まる。そのため人間の本性はなにかという問題を普遍的命題として述べることはそのこと自体が論理的矛盾である。その個人が何を信じるかによって性が変わるわけだから、それは本性とはいえないからである。
  • 複雑学系では「人間の本性は無である」(性無説)を主張する。人間が赤ん坊として生まれ、自我が確立し外界との関係性を持つまでは無色、つまり人間の本性は何もないとする。であるから制度、道徳、宗教などの存在する前提は成立しない。
注)この項目は書きかけです。

*1 人間の脳の情報量を表現するのに最低何ビット必要か考えたらいい
*2 これを「意識を持った最初の生物」に置き換えても同様である
*3 しかも仏教においては解脱する者の分を除くと個体数は減少するはずである


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Last-modified: 2008-08-28 (Thu) 08:15:11 (JST) (4778d) by taked2

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